オリーブの里 聖会のご案内

二人でも三人でも、わたしの名において集まる所には、私もその中にいるからです。

教派教団を超えて、クリスチャンが日頃の慌ただしい日常生活から離れ、
静かな自然の中で、神との交わり、同信の兄弟姉妹との交わりを通じて
霊肉共にリフレッシュされる。そのような目的で年に10回、
金・土曜日に1泊2日の聖会を開催しております。
未信の友人知人をもお誘いし、伝道の場としてもご利用下さい。

オリーブ聖会 バックナンバー

オリーブ

  • 2018年10月19日20日 第150回

    『光に向かう道』
    1テモテ5:1-8
    1テサロニケ4:13-14
    ホッとする群れへ「その年にふさわしく」1テモテ5:1-8
      世代にふさわしく仕えることを大切にしている。あらゆる仕方で宣教をしている。
      日本人に届きたいと願い「日本人のような顔だったらいいのに」と涙された宣教師によって教会が開拓された。また自分の宣教師としての体験から「無意味なことをしない」を学んだ。一人ひとり(年齢差)を大切にした。幼子のための礼拝、幼稚科、小学下級、上級がある。未信者の親のためのクラス、韓国語のクラス、若者のにぎやかな時間をもつ。英語、韓国語の同時通訳、幼稚園、フリースクール、デイサービス、障害者支援、放課後のサービスなど取り組んできた。
      高齢者のための月1回集会キラキラ会をする。「はってでも行こう」と楽しんでいる。そこから受洗者もあたえられている。訪問介護、出張聖餐式もある。人生の最後まで礼拝できるように取り組んでいる。
      ヘンリー・ナウエンの「闇への道、光への道」の中で祖母のことを書いている。美しい老後、平安な最期がある。年を取ることは闇への道だけでなく、光にもなりうる。

    悲嘆から希望へ 1テサロニケ4:13-14
      土浦赴任で最初の告別式でむなしさを覚えた。式文通りすすめたが、遺族の悲しみを受けとめ、永遠の喜びと希望、遺族への慰めがあったろうかと考えた。また、ジャワ宣教経験から儀式の中に象徴的な儀礼(シンボル)にふれた。そこから悲しみ、慰め、希望を表せる葬儀を心がけてきた。
      お葬式は通過儀礼(人生の節目にある儀式) キリストの福音のあらわれる葬儀儀礼を考え、文化にあう取り組みをする。遺族の悲しみに共感する。教会をあげてクリスチャン遺族を励ます。長期的宣教の展望をもって取り組む。教会葬儀時の未信者へ宗教儀式を強要しないように配慮し、「教会のお葬式は良かった」と言ってもらえるように努力している。
      同じ機能をはたす代わりの機能をもつことが大切。福音をシンボルとして意味を表すものを用意する。「骨になっても伝道したい」という希望から納骨堂を宣教の基地にしている。「骨」を持つと遺族に宣教できる。記念会伝道をする。
    故人を偲ぶ家庭祭壇で「天のエルサレム」をイメージする意味を大切にする。戒名の代わりに「天名」。
      一般恩恵に基づく葬儀。教会員の未信者家族の葬儀も悩んだがやってきた。救いには預からなかったがその人も神の好意(マタイ5:45)、忍耐(2ペテロ3:9、使徒17:28、ヨナ4:10)を受け生きてきたので未信者のかたの葬儀をする。神に造られた故人に敬意をはらい、神のもとに帰る。遺族の慰めになるように心を配る。伝道は葬儀後にしていく。
    キリスト教葬制文化に取り組んでいきたい。

    清野勝男子先生
    土浦めぐみ教会主任牧師
  • 2018年9月21日22日 第149回

    『最高のものを主に献げよう!』
    ルカ7:30-50
    マタイ26:1-16
    ルカ7:30-50
     この女性の行為は一生の間で見られない光景である。:36「招いた」シツコイ、魂胆がある、終わらないまねきだった。歓迎の作法は足を洗う水、油を注ぐ、口づけのあいさつ。しかし
    シモンの家にはなかった。群衆を惑わす、赦されざる、危険人物としてイエスを考え、捕えて、訴え、死刑にするため招いた。
    この女性は裏を見抜く、裏を知る、背後の黒い情念を知った、イエス様が危険な目にあう様子を見た、侮辱と非礼を知った。女性はイエス様の足が濡れるほど涙し、髪をタオル変わりに拭き、香油を注いだ。シモンに対する怒り憤りの現れだった。
     女性は自分の罪をよく知って、救い主メシヤの救いを必要としていた。
    イエス様はこの女性に「罪は赦されています」と言われた。イエス様に信仰をもった時から赦されている。十字架のイエス様、メシヤイエス様しか罪は赦せない。
     シモンはイエス様のやり取りを聞きながら、心が死んでいるかのように「罪を赦すとは何者だ」とイエス様を信じようとしない。シモンにとって救いの時はこの時だった。
     :50「あなたの信仰があなたを救ったのです。」救い続けるのです。安心していきなさい。信仰の仲間たちのところに行きなさい。
    イエス様を必要とする心をもってイエス様についていこう。

    マタイ26:1-16
     ルカの女性は怒り、憤りがあった。イエス様もそれを受け入れて語っておられる。
    マタイでは過ぎ越しの祭りのことに焦点がある。過ぎ越しの祭りには300万の人がエルサレムに集まる。20万から30万のいけにえが屠られた。イエス様は世の罪を除く小羊。
    女性はイエス様がどこにむかっておられるか知っていた。
    イエス様は十字架の三日前にベタニヤを選ばれた。親が娘に結婚にむけて用意する300cc、300万。ナルドの香油。これ以上ない、最高の十字架の備えだった。
     イエス様の価値がわからない「ムダ」発言。愛もあわれみもない、価値もわからない、弟子の発言。ユダは銀30枚(2〜3万)でイエス様を値踏した祭司長の言い分を受け入れる。
    ナルドの壺は人生そのもの。愛と献身をもってイエス様についていきましょう。

    岸 義紘 先生
    JTJ宣教神学校(前学長・現講師)
  • 2018年7月20日21日 第148回

    『教会が危ない!』
    エペソ1、2章
    エペソ3、4章
    「教会が危ない!」キリストが満ちる教会
    エペソ1、2章
    教会とはなんだろう?傷んだ体験から学んだ。中学時代に先代牧師先生が癌闘病中、洗礼を授けられた。カリスマ的な先生が召されると、教会は大混乱した。人が語るメッセージ派と亡くなった牧師のテープ派に分かれて混乱状態になった。少しずつ落ち着いてきたが、「教会の分裂、分派」を考えさせられた。
    1. 教会はキリストによって罪赦された者の集まり(1:7)。 罪の中に死んでいたものだった。キリストにあって罪を全部赦された。十字架の贖いのゆえに、恵みによって生かされた。罪の残骸だらけの不完全な存在だが赦されている。グレーゾーンな存在だが十字架を見上げていこう。
    2. 教会はキリストが満ちているところ(1:23)。教会はキリストの体。教会のかしらはキリスト。御霊がそれを教えてくださる。優れた神の力、死からよみがえられたダイナミックな力を持つキリスト、すべての上にたつキリストを教会に与えれた。見えるところでなく、聖書の語ることを信じていこう。
    3. キリストは隔ての壁を打ち壊す。キリストが異なったものを一つにしてくださる。神と人とに和解をもたらし、人と人との間に平和を作る。キリストに期待していこう。

     キリストによって建てられる教会
    エペソ3、4章
    神様から離れて生活した時期があり、始めは楽しかったが、罪悪感、空虚感、段々心は渇いてガサガサになってしまった。神様にもどると目の前が明るくなり、恵みがわかった体験をした。跳ね返していたみことばが、すっと入って来た。聖書のことばを聞きたくて礼拝にもどった。
    キリストのみことばで建て上げられる必要がある
    1. 神の知恵と力をあらわす教会として建て上げられる(3:1,7)。欠けだらけ、弱い、不完全な教会を通して神の知恵、愛、力を表すところとされた。
    2. 御霊の一致を保つ教会(4:3) 一致は人が作るものではない。すでに与えられているものを保つ。表面をそろえることではない。信仰で御霊の一致を受け取る。4:5.6
    3. キリストによって建てられる教会(4:11-13)。聖徒たちを整える。外科医が外れた間接をもどすように、やぶれた網を漁師が繕うように整える。キリストによって建てられていく(4:16)。賜物は教会のために与えれている。痛みの経験も賜物。力量にふさわしく働く。1コリント1:2教会が分裂しそうだったとき、「主を呼び求めているものがいるなら、それゆえに神の教会」。
    三浦真信先生
    久遠キリスト教会牧師

    ※ 詳しくは聖会CDをお買い求めください。
  • 2018年06月15日16日 第147回

    『イエスの友情大作戦』
    ヨハネ 1:35-41
    ルカ 24:50-53
     「友情大作戦」ヨハネ1:35-41
    イエス様は私たちを「友」と呼んでくださる。イエス様との友情をはぐくむ。
    イエス様を直接会った人たちから3代目、信仰の告白やシステムも出来てきた。迫害は強くなる世代に、イキイキとしたイエス様との交わりが大切とヨハネは教えている。
     Facebookで「イイね」は楽しいだけでなく、ストレスになることもある。友達でなく人の反応の数に目が行く。人の評価が気になる。イエス様は友情をはぐくんでくださる。わたしがイエス様を信じること
    聖書の中で「神の友」と呼ばれる人はアブラハムとモーセ。彼らの共通点がある。神様から約束をもらっている。けれども「一番苦しかった」。神様の友である彼らはその中で希望を与えていただいている。
    神の「しもべ」。もっとも信頼されている人の意味である。もっと「親しい友」と呼んでくださる。命を捨てる大きな愛をもって「友」と呼んでくださる。役に立たないだけでなく、イエス様を拒むような私たちと「友」となる約束を結んでくださった。「来れば、わかっから」とイエス様は弟子たちと友達になってくださる。「いってみっか」がスタート。そしてイエス様と時間をいっしょに「過ごす」とイエス様がどのように愛してくださることがわかるようになる。イエス様は友情を捨てない。イエス様の友情を信頼していくことが大切。イエス様の友情には手遅れはない。

     「エルサレムでなくベタニヤへ」 ルカ24:50-53
    場所と結びつく経験がある。イエス様が天に上げられる場面。弟子たちと最後にすごされた。
    ベタニヤはマルタがイエス様を喜んで迎えたところ(10章)。マリヤはもてなしの手伝いをしなかったが、イエス様の足元にいてイエス様の耳を傾けていた。イエス様は彼女を評価しておられた。隔離された、差別された病気の人もいた。
    イエスさまが洗礼を受けたところも別の「ベタニヤ」だった(ヨハネ1:28)。病気の人、隔離された人、貧しい人がいるところ、社会に適応できない人もいたところが「ベタニヤ」と呼ばれていた。イエス様はそこをあえて訪ね、身を置き、滞在し(ヨハネ10)、喜んで、心休めるところ、過ごすところとしておられた。
    イエス様が大事にしていたものがベタニヤにあった。弟子たちに知ってほしいベタニヤがあった。自分を正しいとするエルサレム、成功のエルサレムでなく、友情のベタニヤにイエス様は行かれる。どこに身をおくべきか考えよう。

    米内宏明先生
    国分寺バプテスト教会牧師
    日本バプテスト教会連合理事長
    日本福音同盟(JEA)副理事長
  • 2018年05月18日19日 第146回

    『バトンを渡す!』
    マルコ3:13-19
     偉大な指導者ヨシュアの次の世代は神を主と礼拝せず、主の御業に関心を示さなくなっ
    た。次世代がバトンを渡し続けたリーダーの手本をイエス様から学ぶ。

     次世代リーダー育成のための6つの原則

    1. 次世代リーダー育成に「価値」を置くことを学ぶ。マルコ13:14-15
      イエス様は福音宣教と弟子訓練のため弟子を任命された。
    2. リーダーシップを「定義づける」ことを学ぶ。マルコ10:42-44「仕えるしもべ」
    3. リーダーの「将来、可能性」を見て選ぶことを学ぶ。マタイ4:19
    4. 「励まし」育てることを練習する。一叱る、九ほめる。ヘブル3:13
    5. 「任務中心」ではなくて、「関係中心」で育てることを学ぶ。
      一緒にいるために「身近に置き」マルコ3:14
    6. 次世代リーダーに「バトン」を渡すことを学ぶ。失敗しても赦して、励ます。
      「?私がやるから、君は見てて。?一緒にやってみよう。?君がやってみて、わたしが見てるから」

    眞島 亨 先生
    ニューホープ横浜 主任牧師
  • 2018年月4日20日 第145回

     『主我を愛す』と歌いつつ
    マタイ7:9-12
     子供の頃、両親に教えられた愛唱歌。
     成長するうちに「死」について考えた。聖書の中に答えを見出させていただいた。「神様は恐れさせるためでなく、愛して守ってくださる」と信じるとき、神様に回心する時をもった。「主我を愛す」と改めて歌えるようになった。
     人生のいろんな出来事も偶然でなく、神様の恵みによる。イエス・キリストの神との火のような体験、啓示を持つことができる。
     「神様が造られた世界に何が起こっているか見てほしい」と友人に言われて、信仰の在り方を考えさせられた。貧困、抑圧、戦争。神がないから起きるのではない。人の罪ゆえである。世界を変えることを教会に帰ることで、自分にしてほしいことを隣人にという歩みをしてきた。「主我を愛す」を一人ではなく、分かち合っていく伝道を教えられた。
     人生には出会いがある。神様が与えてくださる。両親、恩師、友人。出会い直す恵みもある。自分が巻き込まれていく。何かをするチャンス。楽しんで、喜んで、本気でかかわろう。
    周りも、昔も変えられない。今と自分は変えられる。みんなで取り組んでいこう。

    清重尚弘先生
    前ルーテル学院大学学長
    前九州ルーテル学院大学学長

    ※ 第二聖会や詳しくは聖会CDをお買い求め下さい。
  • 2018年3月16日17日 第144回

    『骨太のクリスチャンになろう』
    ヘブル12:1-3
    ヘブル12:4-13
     イエスから目を離さない ヘブル12:1-3
    人生は「旅」、「競技」に例えられる。信仰のレースはマラソンのように長く、障害物競走のようでもある。この競技の勝利のために、
    1. 過去のデータを調べ、学ぶ。作戦を立てる(:1)。旧約の人々から学ぶ。勝利者たちはスタンドで応援している。
    2. レースにふさわしい服を着る。ユニホームのように。前に進むためにブレーキ、邪魔になる重荷は捨てる(過去の栄光など)、罪はかなぐり捨てる。
    3. すぐれた指導者に従う(:2)。名コーチは選手の良いものを引き出す。イエス様から目を離さない。創始者(著者)はシナリオを描き終えている。勝利者と終わるように考えておられる。完成者である主は将来と希望を与える計画をもっている。
    4. 忍耐をもって走る(:1)。長くて苦しいから忍耐する。感謝する。「させられている」「してやってる」「させていただいている」取り組みがある。
    5. ゴールを目指して走る。勝利は一人だけではない。参加者がすべて受ける。バトン、たすきを渡すまで、自分のゴールを目指そう。
    神の訓練 ヘブル12:4-13
     「ほめると子供がダメになる」という本がある。注意されても自分を直せない。頑張る心が育たない。神様は私たちを訓練される。苦難の目的は、神の訓練。罰、バチではない。それはイエス様が受けてくださった。成長させるための訓練が私たちにある。
    1. 神様のすすめのことばを忘れない。つらいことがあっても神のあずかり知らぬことはない。弱り果ててはならない。耐えられない試練はない。脱出の道がある。終わりがある。
    2. 訓練は神様からの愛からでている。最高、最善をしたいのが神様の愛。出来ないことが出来るようになるためには練習、訓練しかない。「二度としたくない出来事が後の人生で役に立つから人生は面白い」(日野原氏)。
    3. 神様は霊のお父さん。将来のプラスを見越して訓練をされる。我慢する力は豊かな人生をする上で大切。
    苦難、訓練を乗り越えて豊かな人生を歩もう。

    安食弘幸師 峰町キリスト教会 牧師
  • 2018年02月16日17日 第143回

    『キリストにある聖き幸い』 見えない幸い
    創世記45:1〜8
     真っ暗だと様子が違う。光がないと世界はちがう。暗やみに対する恐れをもつ。目によりたのんでいる。暗やみの中では悪いこと、怖いことを想像する。無力になる。自由を奪われる。孤独を恐れる。死を恐れる。
     暗やみが問題なのではなく、暗やみを恐れる心に問題がある。罪に原因がある。見えるものだけをたよりにする。
     ヨセフは神様しか見ない盲目(45:5)。神様を「闇を解き明かされる方」(40:8)として信じ続けた。神様は愛していて下さることを味わっていた(39:21)。人の考えをこえた神の愛が注がれている。世を見るのでなく、主を見上げてとりなし祈ろう。
  • 2018年1月19日20日 第142回

    『「すばらしき世界 創造の御業を知る』
    ローマ 1:18〜20
    創世記 1:1〜2:4
    「創造主の技術」 ローマ1:18-20 
     創造主を敬わず、無視し、偽りとするなら創造主は怒られる。
    自然の中に技術が隠されている。科学は自然の技術を教科書とし教師とする。
    蓮の葉は水をはじく。蓮の葉を研究して中身が付かないヨーグルトのふたや汚れがつかないタイルが開発されている。
    500系新幹線のかたちはカワセミを研究して作られている。この形はトンネルの騒音を軽減している。フクロウの羽のギザギザ(セレーション)で音もなく飛ぶ技術が新幹線にも用いられている。
    飛行機の離着陸時の翼の形は低速でも安定するように、燃費がよくなるようにカラスや鳥の翼が研究され、まねている。
    ヤモリはガラスや天井も上ることができる。ヤモリの足は細かい毛がはえている。ファンデルワルス力という理論が働いている。100万分の一ミリメートル単位の毛を6500万本持っていて壁や天井を歩く。この技術を開発して、商品化(ヤモリテープ)されようとしている。
    自然から学び開発された製品は人が作る。自然は偶然できるのではない。自然界は神をしめしている。創造主を敬い、伝えていこう。

    「天地創造」  創世記1:1-2:4
     地球はデザインされ、設計されたことをハッキリと認めることができる。
    地球の成り立ちは適切に順序立てて出来ている。地球は5つの部分からできている「水圏」「大気圏」「岩石圏」「生体圏(植物、動物)」「磁圏」。創造の順番がことなっても、時間がかかっても生き物は存在できない。環境が整っていて生きることができる。聖書は創造主が6日で完成された。四季の一巡、365日で一年、月の満ち欠けで約一か月、1週間は人の生活のリズムのために創造主が用意された。
    地球は人の想像を超えた英知の結晶。地球の磁場で太陽風から守っている。4日目の太陽月、星の創造は理にかなっている。太陽系のどの惑星も磁場の強さは地球ほどない。地球の大気も温室効果ガスではない窒素、酸素なので地球全体で平均15度に保たれている。地軸の傾きも絶妙で四季がうまれる。太陽の大きさと地球との距離も計算されている。太陽風も銀河から地球を守っている。
    創造主が関心をもっておられるのは地球に生きる人である。創造主を覚え、あがめる人として生きよう。

    宇佐神 実師  ジェネシスジャパン会長
  • 2017年11月17日18日 第141回

    『祈りで変わるもの』
    ハバクク
    マタイ14:13-21
     「祈りで変わるもの」目を上げて  ハバクク
    神様は祈るとき何を変えてくださるか?
    「祈り」は神様が世界に何をしようとしておられるかを見ること。
    ハバククは自分の国が攻められているのを見た。悲惨を見た。回りをちゃんと見ることは大事なこと。見る、考える、悩むことは大切。祈っていても、何も起きていないように見えることがある。神様は「見よ。驚き、驚け」と語られる。神様の祈りの答えは自分の予想、想像、常識をこえてやってくる。信じられない、期待をこえて、まさかという方法でかかわってくださる。
    ハバククは姿勢が変わる。心の中だけでなく、事柄の中に神様を見ようとする。神様のみことばの当事者になるという姿勢になった。神様の働きに用いられたい。イエス様の思いを感じ取れる姿勢に祈りによって変えられたい。イエス様の心にふれる。
    神様の心にふれた祈り手は動き出す。黙っていられない、じっとしていられない。祈りは人を変えていく。

     「祈りで変わるもの」手を上げて  マタイ14:13-21
    19 五つのパン、2匹の魚を手にイエス様は天を見上げて祝福された。聖書で「食べること」は重要。エデンの園でも、荒野のマナも、エリシャのパンの奇跡、イエス様も食事を罪人たちとされた。だれとどう食べるか。神様が人を養う奇跡がある。
    弟子たちは「時刻ももう回っています」時は過ぎている、時間切れ、無理です。「…ほかありません」パンもなかった。足りない。足りないままイエス様に明け渡そう。
    天を見上げて「感謝」するとき神様の御業を見る。

    米内 宏明師  日本バプテスト教会連合理事長 国分寺バプテスト教会牧師